第9回シリアスゲームジャム(SGJ9)が2024年3月5日〜7日に日本大学理工学部駿河台キャンパスのタワースコラで行われ,3日間の会期を終えて7つのシリアスゲームが開発され, インディーゲームの配信サイトitch.ioで公開された.
- 作品一覧 PC上でダウンロードしてプレイできる(※ただし,アナログゲーム作品を除く)
今回のシリアスゲームジャムSGJ9のテーマは「防災」.わが国は大規模震災の発生が多く,防災や減災に対する関心は高いものの,備えが十分できていない人が一定数いる.そこで,SGJ9ではゲームのチカラを防災に対する備えへの関心向上に活かすことをテーマとし,3日間でシリアスゲームを7本制作するのを目標として35人が参加した.前回の第8回シリアスゲームジャムの参加者が25人だったのと比べ,今回は10名多い.一番多かった時は第2回シリアスゲームジャムの50名だったので,規模としては中規模であったといえるであろう.
終了後の集合写真 ※撮影者と撮影時不在の2名等については他の写真とコラージュしています
- シリアスゲーム:世の中の課題解決を目的として制作されたゲームのこと.ゲームの持つチカラを,世の中の課題解決に活かすために用いられるため,教育や訓練,医療・健康の各場面をはじめ,会社の研修等多くの分野への活用が期待されている.
- ゲームジャム:1日から3日程度の期間でゲームを制作するイベント,会場に集まった人が即席でチームを編成して開発する
- シリアスゲームジャム:2014年日本で最初に開催されたイベントで,日本デジタルゲーム学会・教育研究部会が主催または後援するイベント.毎回世の中の解決すべき課題をテーマをし,これまでに英語教育が2回,アクセシビリティが3回,サイバーセキュリティが2回,サステイナブル社会が1回実施された後,第9回では防災がテーマとして選定された
- 日本デジタルゲーム学会:本部がフィンランドにある国際学会 Digital Research Association (DiGRA)の日本支部.年二回の研究大会の開催,年二回のジャーナル(査読付き論文誌)の発行等を行っている.複数の研究部会があり,そのうちの一つがゲーム教育研究部会(略称:教育SIG).
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ゲームの持つチカラ:実行委員の古市先生によると,ゲームは次の2つのチカラを備えており,それは教員が教室で授業を行う際に心がけていることとそれほど変わらないとのこと
- 人の知的好奇心をくすぐるチカラ
- 人を夢中にさせるチカラ
以下,2024年3月5日(火曜日)から7日(木曜日)まで3日間のシリアスゲームジャムの様子をレポートする.
会場 : 日本大学理工学部駿河台キャンパス タワースコラ5階 S504及びS505
住所 : 東京都千代田区神田駿河台3丁目11−2
会場となったタワースコラは,JR中央線御茶ノ水駅から徒歩5分,ロシア正教会ニコライ堂の隣に位置する,ドラマに出てくる都会の大学らしい明るい高層の建物.日本大学理工学部というと船橋キャンパスを思い浮かべる人も多いが,機械工学科や土木工学科等,半分の学科はこの駿河台キャンパスに位置する.
SGJ9の参加者は先述したとおり35人,慶応義塾大学,東京大学,東京工科専門職大学,日本大学理工学部,日本大学工学部,日本大学生産工学部等大学生の他,日本大学短期大学部の教員,会社の経営者,プロのゲーム開発者,企業の入社前研修として参加された方等,多様な参加者が集まったた.参加者はチームビルディングの際に実行委員の古市先生の号令により各役職(リサーチャ,ゲームデザイナ,プログラマ,グラフィッカ,サウンド等)から構成される5人が1チームを編成し,全部で7チームに分かれて要求定義から開発してリリースするまでの3日間が始まった.
-9:00 集合
-10:15 専門家によるレクチャ([1]シリアスゲームの創り方(日本大学・古市),[2]防災とは何か(近畿大学・島崎), [3]防災とビジネス(アールシーソリューション・栗山))
-12:00 チームビルディング
-13:00 開発スタート
-17:00 1回目発表
-19:00 退出
チームビルディングに先立つ1日目のハイライトは,専門家によるレクチャ.
日本大学生産工学部の古市教授によるレクチャでは,ゲームの持つ2つのチカラについて説明された後,シリアスゲームの制作で最も重要なのはユーザニーズを把握して定義し,それを「要求定義書」にまとめてからゲームデザインを開始すること等が説明された.また,その詳細については「シリアスゲーム(コロナ社刊」に書かれていることが紹介された.
続いて近畿大学・島崎先生のレクチャでは,防災というのはあらゆる分野の学際領域から構成される総合科学で,「防災の仕事の9割は⼈と仲良くなること」というを防災科学研究所在職中に学んだこと等が,”防災力向上のためにプレイヤをどうしたいか”というタイトルのレクチャの中で紹介された.特に,災害は怖いものだが,防災はリスクを下げる楽しい活動である点を強調し,命を守る未来のための楽しい活動が防災である,という考え方が,参加者には伝わったようである.一番重要なのは「一人ひとりが自ら考え,行動できるようになること」という言葉が印象的であった.これは,防災に限らず,危機管理をする上での共通事項であると,記者も感じた.
アールシーソリューション株式会社の栗山社長のレクチャでは,防災を要の一つとしてこれまでアプリ開発事業を行った上での苦労を具体的に色々と紹介していただいた.特に,災害というと人の負傷や死等が関係するため,楽しさを強調して防災アプリを開発すると批判の声があがる等,防災アプリの事業化は一般の皆さんの防災に対する考え方を変えるところが重要である点,わかりやすく教えていただいた.すなわち,災害がやってくるまでの間の活動である防災は,皆が楽しく行うことが肝要で,その模範を示すためにこれまでマンガにチャレンジしたり,歌にチャレンジしたりしたことが紹介された.次は「ゲーム」だという意気込みで今回シリアスゲームジャムを共催するに至ったとのことであった.
続いて古市先生の号令によりチーム編成を行った.まずは7人のリーダを立候補により決め,続いて各自でネットワーキングを行い,30分後にはほぼ自然と7チームが出来上がっていた.
チーム編成の開始時と途中の風景
シリアスゲームジャムではミッションが次々と出される.絶妙なタイミングで出されるミッションが,ジャム中の工程管理にうまく寄与している(粟飯原先生談)
その後各チームはペーパープロトタイプを作成してゲームデザインを行い,17:00から中間発表を各チーム5分で行い,それに対して専門家から色々なアドバイスが与えられて1日目を終えた.
要求定義書検討中の様子
シリアスゲームジャムでは初めて,アナログゲームとデジタルのハイブリッドゲームを検討したチームの様子
-9:30 集合
-10:00-10:30 特別講義
-10:30〜15:00 専門家からのアドバイスと要求定義書提出
-17:30 2回目発表
-19:00 退出
2日目で一番重要なのは,専門家からのアドバイスと要求定義書の完成,これと並行して開発をどんどん進めること.リサーチャとゲームデザイナ/プログラマ/グラフィッカの分業と,スクラムマスタによる全体の工程管理が重要だ.
朝10:00からは東京大学文学部の吉田先生により「ゲーム研究のエッセンス〜遊びとゲームから人間を考える〜」というタイトルで,芸術とゲーム研究の関係についてレクチャしていただいた.ゲーム開発を学ぶ学生にとって,ゲーム研究者によるレクチャはとても刺激的であった.特に,ハーフリアル,すなわちゲーム空間は仮想空間であるが,そこで行う人による意思決定は現実空間での行動である,というイェスパー・ユール氏の理論は,シリアスゲームにとても通ずる考え方であると記者は感じた.この内容の一部は,NHKの番組世界サブカルチャー史 欲望の系譜4 ゲーム編(2024年3月9日放送)でもとりあげられることが紹介された.
吉田先生のレクチャの後,各チーム約30分間で専門家によるアドバイスを行った.各チームは「現実世界において解決すべき課題」についてリサーチした結果について専門家に説明し,そのためにどのようにゲームのチカラを使うか,ゲームデザインの概要をペーパープロトタイプやスライドを使って説明,これに対してざまざまな意見を専門家はアドバイスした.中には,解決すべき課題をこの場で一緒に専門家と議論したチームもあった.
その後17:00から各チーム5分で中間発表を行い,2日目は終わった.中には,その後カラオケボックスに行って開発を続けたチームもあったようである.
-9:30 集合
-13:00 開発終了
-14:00 発表会
-15:00 試遊会
-17:30 表彰式+閉会式
-18:00 解散
最終日は,いずれのチームも朝から黙々と開発を続けた.開発作業はプログラミングだけで良いはずはなく,itch.ioのサイト更新やプレイ動画の作成等,適時実行委員から声掛けを行い,13:00の開発終了時間までを全員がフル稼働で有効に利用するよう,細かな指示が与えられた.そして,5,4,3,2,1とカウントダウンした後拍手によって迎えた 13:00,開発時間は終了した.
14:00からの発表会,各チーム10分の持ち時間で成果を発表した.いずれのチームも,要求定義内容は的を得たものばかりで,ゲームの内容とそのプレゼン方法も的確かつ立派であった.作品一覧 はこちらを見ていただくとして,その後実行委員による審査を経て,各作品の賞が与えられたので,賞の紹介を通して作品を以下紹介する.
The Best Serious Game Grand Prize
チーム名: UNO
ゲーム名: Hidden Map Profile
受賞理由:「Hidden Map Profile」は,親子で災害発生時の適切なコミュニケーションと意思決定を学べるゲームです.このゲームは,デジタル画面とアナログ衝立を組み合わせた革新的なUIで地域のリスクを理解させ,災害時に直面する問題とその解決法を楽しく学ばせつつ,災害に関する家族の会話を促進します.チームUNOのアイディアと家族への温かいまなざしを高く評価し,ここに賞状を贈ります.
The Best Serious Game Award
チーム名: FMASH
ゲーム名: 災害にソナエタ
受賞理由:「災害にソナエタ!」は,中高生や新入社員に向けた防災教育のための革新的なカードゲームです.このカードゲームは,避難所で直面する問題やそれを解決する方法を,プレイヤーが楽しみながら学ぶことができます.特に考えて議論することをゲーム上で体験できる点は高く評価できます.チームFMASHの防災教育への貢献を高く評価しここに賞状を贈ります.
The Best Game Award
チーム名: #1234
ゲーム名: さけべ!!!
受賞理由:「さけべ!!!」は,災害時の声かけによるコミュニケーションやその方法を理解することの重要性を伝える画期的なゲームです.プレイヤーが音声を用いて避難を促すゲームデザインや,助けられた人の感謝を表現したエンディングは,実際の災害でも被災者同士の声掛けを促進する可能性があります.皆様の創造性と地域共助への貢献を高く評価し,この賞状を贈ります。
The Best Game Graphic Award
チーム名: HDF (Hazard Defense Force)
ゲーム名: Ready Alone
受賞理由:「Ready Alone」は,災害時の備えに必要な知識を,ユーザーが直感的にプレイできる3Dグラフィックで再現したゲームです.制限時間内に部屋の中から適切なアイテムを選び出すゲームプレイは,備えの重要性や防災グッズに関する知識を伝えています.貴チームの高いゲーム性と高度な3Dグラフィックを高く評価し.ここに賞状を贈ります.
The Best Design and Art Award
チーム名: 君たちはどう生きるか
ゲーム名: Is your house safe?
受賞理由:「Is your house safe?」は,一人暮らしの部屋の安全性に焦点を当て,災害時の家具配置や家具固定の重要性を伝えるユニークなゲームです.プレイヤーが自身の部屋を模擬して,安全な家具の配置や家具固定などの方法を考えるゲーム体験や,衝撃的なエンディングは,現実の災害対策に対する意識を高めます.またゲームジャムのMissionは最高得点でした.貴チームの革新的なアプローチと防災力向上への貢献を高く評価しここに賞状を贈ります.
The Best Simulation Award
チーム名: はぐれ
ゲーム名: 1DK SURVIVOR
受賞理由:「1LDK SURVIVOR」は,災害時に必要な備蓄品の知識を身につけられる素晴らしいゲームです.家の中にあるものを確認し,不足品を買い足す体験は,現実世界での自分の備蓄品の不足を意識させることができます.実際の揺れをゲーム内で再現した意欲も高く評価できます.チームはぐれのアイディアと,深い調査及び議論を高く評価しここに賞状を贈ります.
The Best Addictive Game Award
チーム名: ブレーメンズ
ゲーム名: Delivery Safe
受賞理由:「Delivery Safe」は,災害支援における正しい物資の選択と配布の重要性を楽しく学べる中毒性の高いゲームです.プレイヤーが避難所のニーズに応じて物資を選び.効率的な配送を行う体験は,実際の災害時に被災者だけではなく,全国に点在する支援者にとっても役立つ知識を提供します.貴チームの独創性と災害時の相互支援への貢献を高く評価しここに賞状を贈ります.
SGJ9のスタッフとしては,ソフトウェア工学の専門家である松野先生(日本大学理工学部)を実行委員長とし,シリアスゲームジャムの運営法の専門家である粟飯原先生(日本大学理工学部)が副実行委員長を務め,シリアスゲームの構築法の専門家である古市先生(日本大学生産工学部),防災の専門家である島崎先生(近畿大学生物理工学部),情報学の専門家である高澤先生(青山学院大学),防災に関するアプリ開発を手掛ける栗山氏(株式会社アールシーソリューション)に加え,日本大学の学生が運営を支援した.
スタッフの陣容を見てわかるように,今回のシリアスゲームジャムはただ単にゲームを制作するイベントではなかったようだ.防災や減災の備えに関する人々の関心の向上について,参加者自らの関心が向上したか否かの効果測定に加え,シリアスゲームジャムの運営方針の改善についても,従来と比較して評価を行うようだ.すなわち,1回のシリアスゲームジャムの運営を通して研究成果を2〜3件の論文にして発表することを目的とし,様々なデータを取得したらしい.今後の分析結果が楽しみである.また,第10回シリアスゲームジャムを来年度開催予定である旨,松野実行委員長は語った.次はどのような現実世界の課題をテーマとするか,今から楽しみだ.
日本大学理工学部 応用情報工学科 松野研究室
共催
近畿大学、古市研究室、アールシーソリューション株式会社
スポンサ
アールシーソリューション株式会社、日本大学生産工学部交友会 数理情報工学部会、コロナ社、エムエスアイコンピュータージャパン株式会社、MatsuSoft LLC、(株)東京技術計算コンサルタント、TANOTECH株式会社、ライオン株式会社
後援
日本デジタルゲーム学会教育SIG、東京大学文学部美学芸術学研究室・東京大学ゲーム研究室(吉田寛研究室)、株式会社HAMONI
実行委員
松野裕実行委員長(日本大学)、粟飯原萌副実行委員長(日本大学)、島崎敢(近畿大学)、栗山章(アールシーソリューション株式会社)、古市昌一(日本大学)、高澤有以子(青山学院大学)